シェイクスピアは人間ウオッチングの達人。

たくさんの名言を残していますが、それをご紹介する前にシェイクスピア自身のことについて少しご紹介しておきたいと思います。

シェイクスピアは劇作家の立場で「真夏の夜の夢」や「ベニスの商人」などの喜劇や「ハムレット」「リア王」「マクベス」などの悲劇作品を多数残しています。

また、「ジュリアス‐シーザー」や「ヘンリー王」など、史実に基づいたある意味ドキュメンタリー作品ともいえる歴史劇なども彼のオハコでした。

これらの劇作品において、その類まれなる天賦の才を見せたシェイクスピアでしたが、一方で彼は詩人としても傑出しており、ソネット形式で書かれた詩集「シェイクスピアズ・ソネッツ」やホメロスやギルガメシュ叙事詩に代表される物語形式の抒情詩「ヴィーナスとアドーニス」なども世に出しています。

おそらくハムレットの中の「To be or not to be ,that is a question」はどなたでも一度はお聞きになったことがあるのではないでしょうか。

シェイクスピアは、ドイツの作家ヨハン・ボルフガング・ゲーテなどとともに日本でも良く周知されている世界的な作家だと思います。

私は彼のソネット集のファンなのですが、この作品には3人の人物が登場してきます。

語り部の詩人とこの登場人物たちが実在した人たちなのか、それともフィクションなのか、これまで多くの学者が検証を行ってきましたがいまだに解明はされていません(永遠に解明されないでしょうが)。

また、冒頭にはある人物にささげる献辞が書かれているのですが、ゲーテのFaustにも同じような出だし部分があったことが私にはかなり印象的でした。

ゲーテの場合、ささげる相手はレクラムの脚注によると「今は亡き若かりし頃の友人や恋人」でしたが、”schwankende Gestalten(シュバンケンデ ゲシュタルテン=彷徨える影たち)という表現が使われていて人物が特定できません。

これに対しシェイクスピアのソネット集ではW.H.氏と名指しされているのですが、こちらも如何せんイニシャルだけでは誰なのか分からず、いろいろと憶測をよんでいるようですね。

前置きが大変長くなりましたが、ここでシェークスピア名言をひとつ紹介したいと思います(シェークスピア オセロから引用〜原文をかなり意訳しています〜)。

貧しくても十分に足りていると感じるならばそれだけで十分金持なのです。でも、いくらお金があってもお金を失うことに戦々恐々としているのなら、それはもう枯れたススキのようなものでしょう。

幸せなんて気持ちの持ちようで如何様にでもなるということなんでしょうね。